「PLUTO」 アトムとプルートゥはゲジヒトの記憶を通じ、遂に同じ土俵に立つ
- 作者: 浦沢直樹,手塚治虫,長崎尚志
- 出版社/メーカー: 小学館
- 発売日: 2004/09/30
- メディア: ペーパーバック
- 購入: 3人 クリック: 92回
- この商品を含むブログ (645件) を見る
自分はボンクラです。あまり漫画を読み直したりもしません。
しかし先日発売された「PLUTO」の最終巻を読んで、未だに納得できていない「ゲジヒトの謎」を知ろうと、全巻引っ張り出してきました。
……そうです。しっかり読んでいらっしゃる方には分かるでしょう。ゲジヒトという主人公が抱えていた憎しみとは何か。
5巻です。本当の初っ端、冒頭のカラーページが全てです。
鉄腕アトムの、とある有名エピソードを原作にしている今作の主人公は何と「ゲジヒト」。誰ですかそれ。原作の記憶も曖昧で、帰省中に父の本棚から原作を取り出して読んでみたんですが、自分みたいなボンクラじゃそりゃ記憶にも残らんだろうという端役具合のキャラクターでした。
しかしこの「PLUTO」では刑事としての役職で見事に物語を立ち回り、主人公としての風格、威厳、愛嬌も持ち合わせた素晴らしいキャラクターとなっております。更にゲジヒトって何気に最強のロボットなんじゃないか?と思わせる設定もちょこちょこ顔を出し、その存在感はアトムが登場しても全く色褪せませんでした(アトム初登場は一巻の巻末付近)。
しかし唯一気がかりだったのは、というかこれはキャラクターというより作者への気がかりだったのですが、たびたび顔を出す過去の追想、ゲジヒトの失われた記憶の扱いについてでした。伏線をドラマチックに描くことは結構なのですが、しっかりしたオチがない、もしくは演出が誇張すぎて肩透かしを食らう、情報を錯綜させてるのは単に読者を煙に巻きたいだけ、という結末になることだけは本当に嫌だったのです。
かの浦沢直樹に限って…しかも一応は原作もあるのに…という思いより、とりあえず大風呂敷を広げちゃうっていうやり方でオチに肩透かしを食らわせられるショックは結構なものです。
しかし8巻を読んで、ざっととはいえ以前の単行本も読み返してみて、あまりにも想像以上に「全てがまとまっている」と思えたのです。
物語を始めから構築していたことは分かっていました。が、それらの要素を本当にこうも効果的に描けるとはと、眼をギョッとさせてしまうほどの感動が沸き上がってきたのです。
というわけで、今さっきゲジヒトのエピソードに単行本を手から落とすほどショックを受けた手で感想を書いていきました。
原作ではただ最強の名目のもとに倒されていった7体のロボットに、「戦争の英雄」という過去を織り込んで生まれた彼らのエピソードはどれも力強く、またどれにも悲劇が待っています。そして遂にはあのアトムでさえ、憎しみの感情を覚えてしまうこととなります。
それでも彼らが残したかったのは憎しみなどではない。読み返した時、そういう説得力が全編を通してしっかり描かれていたことに気付かされる、素晴らしい漫画でした。